初めに、1991年の瞽女唄ネットワーク結成に至る過程を簡単な年譜にしてみたい。
前史の最初は竹下玲子さんが瞽女小林ハル師に弟子入りするところから始まる。小林ハルが出演した瞽女唄会場で今後ネットワーク形成の陰の立役者となる若林一郎(放送作家・東京在住)が、竹下玲子らと共に小林ハルのすさまじい歌声を初めて聴いている。
第二期は、小国芸術村の要として活躍していた高橋実(当時、事務局長)と若林一郎の出会いである。
第三期は、長岡市民劇場(委員長・故鈴木紘一)のバックアップである。
そして、板垣俊一(元新潟大学教授)、高橋実が発起人となりネットワーク形成を呼びかけるに至るのである。
昭和52年 (1977年) |
6月 | 山内雅人主宰の「話芸小劇場」『瞽女文学の夕べ』に小林ハル出演。会場:新宿区東京金属健保会館ホール。この時小林ハル77才。 |
7月 | 小林ハル新発田市養護老人ホーム「あやめ寮」から黒川村養護盲老人ホーム「胎内やすらぎの家」に移る。 | |
11月7日 | 小林ハル再び上京。山内雅人主宰「話芸小劇場」に出演。瞽女唄を歌う。会場:新宿区東京金属健保会館ホール。若林一郎の瞽女唄との初めての出会い。一緒に聞いていた「こんにゃく座」の中に竹下玲子もいた。 | |
昭和53年 (1978年) |
1月 | 若林一郎、竹下玲子ら3人を伴って「胎内やすらぎの家」を訪問。竹下玲子入門し、以後東京から月一度瞽女唄習得に通う。 |
3月24日 〜25日 |
国立劇場小劇場で、祝福芸の系譜「万歳と春駒」(第27回民俗芸能公演)/第二部 瞽女の万歳に出演。万歳/経文・柱立他を二日間演ずる。 | |
3月25日 | 小林ハル、瞽女唄伝承者として無形文化財に指定される。 | |
3月26日 | 小林ハルの瞽女唄に理解を示し、共に上京したやすらぎの家施設長・塚本文雄 朝急逝。 | |
昭和55年 (1980年) |
4月24日 | 新潟市公会堂にて「瞽女唄の夕べ」に小林ハル出演。ここで竹下玲子、ハルの弟子として披露目。師匠と共に舞台に上がる。 |
4月25日 | 新発田市民文化会館にて「瞽女唄の夕べ」に小林ハル・竹下玲子、弟子共演。 | |
昭和58年 (1983年) |
6月 | 山形県白鷹町瞽女宿にて竹下玲子、一人で瞽女唄を唄う。 |
昭和62年 (1987年) |
5月4日 | 若林一郎、小国芸術村の会員となり、「小国芸術村」フェステバルにて竹下玲子瞽女唄公演。 |
昭和63年 (1988年) |
5月6日 | 講演会「瞽女の修業と生活−長岡瞽女を中心に」 午後7時 中央公民館。講師・長岡科学博物館館長鈴木昭英、主催:長岡市民劇場 |
5月7日 | 竹下玲子、小林ハル入門10周年を記念して新潟市音楽文化会館にて『竹下玲子瞽女唄リサイタル』。ここに小林ハルも賛助出演。瞽女唄伝承者竹下玲子の旅立ち。 | |
5月8日 | 瞽女唄を聞く会・竹下玲子リサイタル、柏崎市立博物館プラネタリウム室(定員124名)で午後3時から開催。主催は柏崎市立博物館、後援・柏崎市立博物館友の会。プラネタリウムは「効果抜群の小劇場」と評される。 | |
5月13日 | 講演会「瞽女唄−地方発信の文化をもとめて」 午後7時 中央公民館。講師・放送作家若林一郎さん、主催:長岡市民劇場 | |
5月21日 | 竹下玲子瞽女唄リサイタル 午後7時 中央公民館。演目は「葛の葉子別れ」ほか四曲。主催:長岡市民劇場 | |
平成元年 (1989年) |
10月22日 | 柏崎市立博物館プラネタリウム室を会場としての企画としては、2回目の竹下玲子瞽女唄を聞く会を開催。午後3時から。内容等詳細は不明。 |
長岡市民劇場では、6月3日・4日に第158回例会「はなれ瞽女おりん」(地人会)の公演があり、その宣伝も兼て会としても良いタイミングで瞽女唄に関するイベントの開催となった。詳細は後日。
平成2年 (1990年) |
6月 | 板垣俊一、高橋実連名で「瞽女唄愛好会」の呼びかけ人を募る。 |
9月6日 | 高橋実「越後瞽女唄愛好会」設立を呼び掛け、長岡市けさじろ荘にて準備会を開く。13人出席。東京から若林一郎、竹下玲子出席。 | |
11月23日 | ネットワーク作り準備会 けさじろ荘にて。13:30〜16:30 | |
平成3年 (1991年) |
1月15日 | 市民劇場会員有志らにより、ネットワーク作り参加者宛に「瞽女唄ネットワーク作り準備会会議報告」が掲載された、プレ『瞽女唄ネットワーク通信』準備号を送付。 |
2月12日 | 『瞽女唄ネットワーク通信』準備号発行 | |
2月17日 | ネットワーク世話人会開催 | |
3月31日 | ネットワーク世話人会開催 | |
4月20日 | 瞽女唄ネットワーク結成記念 竹下玲子 瞽女唄リサイタル「雪の子別れ」。午後7時から8時30分 いこいの家(今町荘1階大広間)。演目「佐倉宗五郎・子別れの段」「雪おんな」ほか。 | |
4月21日 | 「瞽女唄ネットワーク」設立総会。会員43名で発足。準備会に出席した長岡市民劇場委員長鈴木紘一の世話にて事務局を長岡市民劇場事務局に置く。会の名称を「瞽女唄ネットワーク」とする。代表に鈴木昭英、事務局長に高橋実。 | |
同日 | 瞽女唄ネットワーク結成記念 竹下玲子 瞽女唄リサイタル「雪の子別れ」。午後2時から3時30分 長岡市民劇場小ホール。演目「佐倉宗五郎・子別れの段」「雪おんな」ほか。入場者200名。 |
瞽女唄ネットワーク誕生まで、14年もの長きにわたり、瞽女唄は瞽女唄伝承を願う人々の熱い想いという胎内でゆっくりと育っていたのである。
※瞽女唄ネットワークの事務局として場所のみならず、事務局員が無償で応援してくれた、会員制演劇鑑賞団体・長岡市民劇場(昭和34年発会、当時の略称:長岡映演)は、平成24年(2012年)12月31日をもって解散。
最終例会は、第301回「バカのカベ(フランス風)」加藤健一事務所
出演は、風間杜夫・加藤健一他