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越後長岡 語りの世界 第一部 映像で振り返る「語りの世界」(報告)

講演筆録 data

制作の思い出を語る その5

鼎談:石永清さん・横山孝弘さん・鈴木昭英会長

小林ハルさんは一夜語りで段物(物語唄)を語り続けた人でした。


小林ハル鈴木 横山さんが取材された当時は、瞽女さんは中越地方を主体に旅をされていて、春の門付けは長岡から始めて与板の方を回って、寺泊、刈羽の方へ行く旅と、それから小国の方へ入って小国から小千谷を通って南魚沼の方に行く旅とありました。昔は十日町の方面へも旅をしたんですけれど、だんだんと狭まってきまして、それでも塩沢あたりまで行っておられました。撮影をする場合は突然行って追っかけるという形になろうかと思いますが、その辺苦労したお話をお聞かせいただけますか。
横山 先ほどもちょっと申しましたが、テレビの他に、ラジオでもやろうじゃないかということで、今ご覧いただきました長岡瞽女三人の後をラジオでも追っかけていました。人やマスコミにはなかなか教えないんですけど、瞽女さんがだいたいのコースを教えてくれましてね。どこそこに行けばあえると。瞽女さんの取材で一番困るのは、何月何日の何時頃どこにいるのかわからないというのが一番の問題でございましてね。瞽女さんが歩いていない所をいくらうろついてもしようがない。いつどこで行き会うかというの、ドッキングに苦労されたと思いますが、先生はどういうふうにして選ばれたんですか。
鈴木 私は、とにかく電話帳が頼りでしたね。
横山 はあ?
鈴木 電話帳。あの、おおよそはわかっているんですね、何月何日どこであったか、今日あたりはどうだろうという憶測を立てて、全く知らないお家に電話するんですね。今だと知らない方へ電話するとガチャンと切られてしまいますけど、あの当時はまだ対応してくれましたので、そういうことができましてね。で、私は仕事を休まないと動けないので、そちらの方で苦労してましたね。
横山 しかし、よく行き会いましたね。私どもはそうして一日追っかけ回しても収穫なしということが何日かありました。だって、路地一つ、道路ひとつ行き違っても取材、撮影ができないわけですからね、これは困りました。それで両面作戦でラジオの担当者に言い含めて、お互いに情報交換しながら行きました。まあ、これが一番苦労しましたね。
で、長岡瞽女さんは、金子セキさんが享年98歳で去年亡くなって、もういないわけです。このビデオでは一番最後のしんがりを受け持っているのが一番元気な金子セキさんです。そして手引きの関谷さん、この方は一番年上ですけども、健脚でね。まあ、健脚でないと先頭の手引きはできません。先頭がモサモサしてたんじゃあ。ですから関谷さんは早いです。このフィルムの撮影の時、まあ早い、早い。真ん中の中静ミサオさんは、ちょっと体が強くないんです。でも会計係的な役目で、目は見えないんですけど、お札は手渡しで中静さんがもらってました。それからお米は関谷さんが升で計って、中静さんに報告してました。中静さんが財布の口をしめる役で、金子さんがしんがりを務め、唄と三味線を。名コンビでした。野性味があって、私、一番好きでしたね、瞽女さんのなかでは。



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