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越後長岡 語りの世界 第一部 映像で振り返る「語りの世界」(報告)

講演筆録 data

制作の思い出を語る その6

鼎談:石永清さん・横山孝弘さん・鈴木昭英会長

長岡は、民話でも童歌でも要となる研究者を輩出しているんです。


鈴木 とにかく、昭和52年をもって瞽女の実働は終わった。その最後を飾ったのが長岡瞽女。だから長岡瞽女がいなくなったということは越後瞽女全体もまた最後になったし、日本全体の瞽女も最後になった。昔、瞽女は関東から四国、九州も含めてあちこちに集団があり、しかも長岡大工町の瞽女屋敷は、明治中頃には中越地方に4百何十人という瞽女を配下に持ち、大変強力なものがありました。長岡の瞽女、中越地方の瞽女のことを「上方瞽女」とよびますが、較べて下方の瞽女は非常に組織も弱いし人数も少なかったんです。目を患った殿様の娘が家老の山本家に嫁がれて、代々長岡瞽女の頭として山本ゴイを名乗ったという伝承があり、そういうことが長岡瞽女の集団を支え(私は事実としての確認はもちろんできないんですが)、一つの格式を持って遠い旅をして、東北方面まで大きな足跡を残したわけです。
この会を開くについて一番大事なことは、地元の人がそういうことをあまりご存知ないことの方が多いと、我々の宣伝力も手薄で恐縮ですが、そういう良い郷土芸能、文化を持っているということをもっと声を大にして語っていきたいと思うんです。皆さんから苦労話やその時々のお考えをお聴きして参りましたが、最後に、今そういう立場から見て、こうしたらいいとか、あるいはお気持ちなど、ちょっとずつおきかせ願いたいのですが。
石永 あまりにも大きなテーマで簡単に答えられるわけじゃないと思いますが、これから民話を語られる方がどういう語り方をされるのかなと今関心があるんです。というのは、本当の昔話の語りっていうのは、映像をご覧になっててわかったと思うんですけども、語り手の表情だとか所作とか擬態語、カチンカチンとか雨がびしゃびしゃとかそういう情景を音で表現して話しかけられるんです。ああいったところがどう上手く伝承されているかということに興味があります。ああいうことを通じて子供たちが、音を聴き、声を聴き、喋りを聴きながら自分の中で空想できるような、そういう語りをして下さる方が伝承者として現存していてくだされば非常にいいなと感じました。
横山 昔話の方は水沢謙一先生、音楽の方は三富健三先生、みなさん長岡なんですよね。ですから長岡はこういう点、新潟より熱心というかすごいですね。そういう方がおられたからこそ、こういうイベントというか会を開けたんですよね。
石永 僕もそうだと思います。鈴木先生もそうだし水沢先生もそうですが、非常に学術派ですよね。僕らはそれをもとにして、それを皆さんに優しく伝えていくにはどう表現したらいいかと考える方なんです。先生がいい録音を残してくださり、そして、それをこれからもどんどんみんなに優しく伝えていくぞ、いきたいぞっていう若者が増えてくれば、もっといいかなっていう感じがします。
鈴木 ありがとうございました。これで「制作の思い出を語る」を終わらせていただきます。どうもご清聴ありがとうございました。  (拍手)



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