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富川蝶子さんのむかし話「いい言葉で書いた手紙」

「いい言葉で書いた手紙」 mukasi

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富川蝶子

いい言葉で書いた手紙

富川 蝶子

 むかしあるどこへ、ちっとばか頭の弱いあんにゃがいたっての。
ある年のこと。稲の仕事が終ったんだんが初めて上方まいりに行くことにしたっての。母ちゃんがの。
「あんにゃ、あんにゃ、んなこったい銭使うて上方まいりに行ぐがんだすけ、いい言葉でもおぼえて来いや。」
 と言うて送り出したってんがの。
「そうだそうだ、おら在ごう者で言葉が悪いし頭も悪れいすけ帳面持って行って書いてくることにしようや。」
 と、思うて帳面と鉛筆持って行ったってんがの。むかしのこんだすけテクテクとあいんで行くがだとの。あんにゃが町に入ったら珍しいもんがいっぺあるんだんが、あっち見こっち見していると町の人が
「あゝ、あの人はおのぼりさんだな。」なんて言うているってんがの。そうして一人の人が
「おまえさん、何処へ行かれるの。」
 と、聞かれたっての。
「はあ、おら上方まいりに行くがらいの。」
 と、言うたら、そうしたらその人が
「そうかの。ご上洛ですか。」
 と、言うってんがの。あんにゃは「さぁてな、さっきの人はおのぼりさんだと言うし、こんだの人はご上洛と言われたんが、こらあまあいい言葉で言うと、のぼることをご上洛と言うがんだな。」と思うて帳面出して「のぼることはご上洛。」と書いて
「あゝいいかった。そうせばおりることは下洛と言う。」と書いたっての。
 そうして又、あっち見、こっち見して歩いんで行ったら家が建つがんだか大勢して「えんやらや、えんやらや。」気合をかけながら石場かち(昔の土台を埋めること)をしているってんがの。
あんにゃは立ち止って見ていたってんが
「ははぁん、石と石をぶっつけて、えんやらやえんやらやなんて言うているが、いい言葉では石のことをえんやらやと言うがんだな。」
 と、思うて又、帳面を出して「石のことはえんやらや。」と書いておいたっての。それから又、ちっと行ったら、さらし首場があって子供が「ゴクモンだいや。ゴクモンだいやぁ。」なんか言うてとんで行ぐっての。あんにゃは
「さてさて、ごくもんっては何のこんだろ。」
 と、てまえも子供のあとへついて行ってみたら、杭みとうの上に人の頭がのせてあったと。
「おここ、いい言葉で言うと頭のことをごくもんと言うげだな。」
 そうして又、帳面に書いたと。「頭のことはごくもん。」又、テクテクあいんでやっと宿屋へ着いたっての。
 まあ、ひと風呂入ってこうやと台所を通って風呂場へ行ごうとしたら、おんなごが
「おかみさん今夜のお客さんは何でだしますか。」
 と、なんかきいているがんだと。
「そうだな、まあ朱膳に朱椀でいいでしょう。」
なんて言うているっての。あんにゃは
「さあて、しゅぜんにしゅわんなんて、はじめて聞いたが何のことだろう。」
 そう思いながら風呂から出て座敷へ行ったらまっ赤なおぜんにまっ赤なおわんでごっつおが盛ってあったてんがの。
「おここ、いい言葉では、まっ赤のことをしゅぜんしゅわんと言うがんだな。」
 と、思うてまた帳面出して鉛筆なめなめ「まっ赤のことはしゅぜん、しゅわん。」と書いたっての。そうしてまあ、やっと無事に上方まいりをおやして帰るどきになったら、又、子供がワイワイさわいでいるってんがの。何だろうかと思うて、あんにゃも行って見たら猫が死んでいたっての。子供が
「三つ毛だいや、三つ毛猫だいや。」
 と、言うているんだんがあんにゃは
「ははぁん、いい言葉では死んだことを三つ毛猫と言うがんだろうかな。」と、思うて
「上方では死んだことを三つ毛猫と言う。」
 と、書いておいたっての。それから又、テクテクと歩いんで行ったら「チリンチリン」と鈴を鳴らして男の坊さまみとうの人が一軒ごとになにかもろうて歩いんでいるんだんがあんにゃはポカンと見ていたっての。そうしたら又、子供が来て
「なんだや、あの人はポカンとしてみているいや。そうせばポカンだこてや。あゝ、ポカンがいるポカンがいる。」
 なんて言うているってんがの。あんにゃは勘違いして「坊さんが何かもろうことをポカンと言うがんだなあ。」と思って又帳面に書いたっての。「もろうことはポカンと言う。」と。そうして
「あぁあ、へぇいい言葉をいっぱいこと覚えていいかったな。」
なんて独り言を言いながら家へ帰ってきたと。「今きたれ。」と言うと母ちゃんがとび出して来て
「んな、ちょうどいいどこへ帰って来たない。今、父ちゃんが裏の柿の木から落って下にあった石に頭ぶっつけて血流していらいるが死なれたら大ごんだすけ、早よ医者へ行って薬もろてきてくれや。」
 と、言われるってんがの。あんにゃは、
「そうかえ、だどもおら今上方から帰ったばっかでくたびれているがんに。そうだ、そうだ、おれが覚えて来たいい言葉で手紙書くすけ子供に持たせてやってもろてこいばいいねかし。」と言うて手紙を書いたと。
「一筆啓上。柿の木にご上洛し、あやまって下洛し下なるえんやらやにてゴクモンを打ち、しゅぜんしゅわんを流し、いよいよ三毛猫と相成そうろう。薬一ぷくポカン。」
 なんのこんだかさっぱりわからんの。
 いちごポーンとさけた。


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