あったてんがの。むかしあるどこへ貧乏の母ちゃんと娘が二人で暮していたっての。娘は親孝行で毎日峠を一つ越した隣村の旦那さまの家へ働きに行っては帰りに母ちゃんに食わせるまんまを丼に一杯もろて帰るがんだっての。その日も一日働いて丼に一杯のまんまもろて来たってが峠のてっぺんで雨が降ってきたってんがの。娘はまんまが雨でぬれると悪いんだんがその峠のてっぺんの柳の木の根元で雨やどりして着物の袖でまんまがぬれんようにしていたってんがの。そうしたら誰かが
「これこれ娘や。」
と、言うがんだっての。
「さあてな、誰だろう。人なんかいないようだがな。」
と、あたり見ていたら、また声がして、
「おらは、おまえがおっかかっている柳の木の精だいや。おまえは親孝行で毎日働きに行っているが、おら雨の日も風の日も毎日見ていたがんだ。だあども、あと三月(みつき)ほどしたら切られてしもうて、又みつきほどしると舟にならんばんがんだいや。」
と、言うってんがの。
娘はたまげて「そういがだかの。おら毎日こゝを通って行ったり来たりしていたども、おまえさんがここへ立っていらいるがなんて一向気がつかんかったがの。」
と、言うたっての。そうしたら木の精が又言うってんがの。
「そらあそうだろうや。おまえは毎日大急ぎで行ったり来たりしていたがんに、今日雨が降らんば、おら言いたいことも言わんねかったがんだ。おら舟になると川へ出さいて荷を積み込まいるがんだどもいいて動かんことにしようと思うているがんだ。そうしると殿様が
「誰かこの舟を動かしてみろ。動かした者にはほうびをくれる。」
と、言わいるすけ、そんどきおまえが舟に乗って、ヨーイコラドッコイ、ヨーイコラドッコイと二度気合をかけれや。ほうしたらおれが動くすけ、おまえがほうびの金をもらいや。」
と、言うってんがの。娘は「まあ木の魂がしゃべるなんて不思議なこんだなぁ。」と思うて家へ帰って来たっての。そうしたら次の日の晩に夕飯がおわったら
「今晩は、こんばんは。」
と、若い男の声がするんだんが、娘が出て見たら
「おら峠のてっぺんのあたりに住んでいる男だが遊びに寄せてくれいや。」
と、言うっての。
「それはまあ、よう来てくいらした。おらこはおれと母ちゃんばっか誰も遊びになんか来てくんねすけ、なじょうもゆっくり遊んで行ってくんなさい。」
と、言うてお茶なんか出してやったてんがの。その男の人は今日は峠の道をじいさとばあさがあいんで町の方へ行ったとか、若い夫婦がいさかいをしながら通ったとか、毎晩遊びに来ては面白い話をして帰るがだってんがの。それで、ある晩母ちゃんが
「おまえさん、おらとこの娘のどこへむこに来てくんねかの。」
と、言うたっての。そうしたら、せつなげの顔して
「いいえ、おら事情があってむこどこか、へぇ遊びにも来らんねようになるがんだ。」
と、言うたと。それからほんも、ぴたっと遊びに来んようになったっての。母ちゃんと娘はどうしたがだろうなァと話していたってが、ある日娘が旦那様の家へ行ぐどきひょいと見たらあの峠のてっぺんの柳の木が切られてなくなっていたってんがの。
「やぁ、あの若い男の人はこの柳の木の精のがだっけろうかな。」
と、思うていたどもいつかそのことなんか忘れていたっての。それからしばらくした日、旦那さまの使いで町へ行って帰るどき何だか人が大勢でワイワイとさわいでいるすけ娘も何だろうと思うて行ってみたら立札がたっていて「この舟を動かした者にはほうびの金をやる」と書いてあるがだってんがの。「あゝ、やっぱり柳の木が切らいて舟になったがんだなぁ、そうせばおれが動かしてくいろや。」と思うて舟にとびのって「ヨーイコラドッコイ、ヨーイコラドッコイ」と気合いをかけたっての。そうしたら今までどんげん押そうが引っぱろうが一向動かんかった舟が「スーッ」と何のぞうさものう動いたってんがの。そいで娘は殿様からほうびの金をどっさりもろうて、それからは働きに行がんで母ちゃんと二人で一生幸せに暮したってんがの。いちごさかえ申した。
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