むかしあったてんがの。仲の悪いあんさとあねさがいたと。あんさはちーとばか間抜(まぬ)けで大食いでのめしこきらんだんが、あねさはあんさをぼいだそうと思うて、
「あんさあんさ、お前もとなん(隣)のあんさみてよに、京へ行(い)って、金もうけしてきたいよ」
そういうたてやの。ほうしたら、あんさは、
「おらやら、京まれ行ぐには、腹が減るすけやら」
そう言うたと。あねさが
「じゃあ、でっこい焼(や)け飯(めし)十(とお)もこしょうてやるすけ、いってこねかい」
と言うたと。あんさは
「焼け飯食(くわ)れるだけや(のだったら)、おら行ぐこてや」
そういうて、焼け飯かずいて、出かけたと。
峠まで来ると、山賊(さんぞく)がでて、あんさの焼け飯取ってしもうたと。あんさは
「焼け飯がねえことには京へ銭もうけなんか行がんね」
と戻(もど)って来てしもうたと。家はどす(留守)らったろも、腹が減っているんだんが、戸棚(とだな)を開(あ)けてみたと。なんと、あんこがいっぺいついたぼたもちがあるてんがの。しかも七つもあるがだと。あんさが一つ取ろうとしたら、がらがらと戸が開いて、あねさが入ってきたんだんが、たまげて、戸を締(し)めてしらんふりしていたと。あねさもたまげて
「おまえ、へえ稼(かせ)いできたらかい」
と聞いたと。ほうしたらあんさは口から出任(でまか)せに
「八卦見が出来るようになったんだんが戻って来た」
というたと。あねさは
「うっそのこっぺえ(うそばっかり)いうて、じゃあ俺が戸棚に何をいれておいたか当ててみれ」
というんだんが、あんさは
「しめしめ」
とちーとばか考えるふりして、にやにやしながら、
「あんこがいっぺい入ったぼたもちが七つあるろう」
というたと。あねさがぶったまげて、村中に
「おらこの衆は京ヘいって、たいした八卦見になってしもうた」
そういうてふれてあいたと。
ほうしたら、偉(えら)い殿様(とのさま)の耳にはいり、
「お城で金百両が盗(ぬす)まれた。誰が盗んだか占(うらな)ってくれ」
と頼(たの)まれたと。あんさは
「八卦見なんてしらんねがんに、おおごっだぜ」
とようさるおごっで(困って)寝ていたら、部屋の外で
「あんさあんさ、殿様の金隠した場所ようてきかせるすけ、おれが盗んだこと殿様に知らせんでくれ。助けてくれ」
とちんこい声がしたと。あんさは
「ようしようし、黙っていてやるぞ」
そうようて、次の日にお城に行ってお殿様の前で考えるふりして、泥棒(どろぼう)がゆうて聞かしたように
「お城の中の三つめの倉(くら)の石段(いしだん)の下を捜(さが)してみて下さい」
とさも八卦見のように重(おもおも)々しくいうたと。家来(けらい)達が行ってみると、確(たし)かに金百両が出て来たと。いんながたまげるやら、喜ぶやらして、殿様は半分の五十両をあんさとあねさにくったと。だあろも、二人してあすんでいて、めいがんばっか食っていたんだんが、五十両はそんまねえなってしもうたと。
あねさはまたあんさをぼいだそうと、
「おめい、また京の都へ行ってもっとえらい八卦見になってきたいいよ。あんこのいっぺいはいったまんじゅうこさえてやるすけ」
というたら、あんさは
「じゃあ、また京へ行ってみるか」
とまんじゅうかついで、出かけたと。ほうして峠まで来たらまた山賊にまんじゅうとられてしまい、家に戻ってきたと。家じゃあねさが
「お前、まんじゅうどうしたい」
ときいたと。あんさは
「また山賊に取られてしもうた」
というたと。あねさが峠へ行ってみたら、山賊がいんな死んでいたったと。
あねさは、あんさがのうなしこきで、大食(おおまく)いらんだんが、いやになって、あんさを殺そうとしてまんじゅうに毒いれたらと。頭のいいあねさはさっそく殿様のどこへ行って、
「おらこの衆が山賊いんな退治しました」
というたと。殿様は
「ようしてようした」
とほめて褒美(ほうび)をいっぺいことくれたと。それからあんさとあねさは仲良く暮らしたと。いきがぽんとさけた。
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