とんとん昔があったと。昔々ある山の中のさびしいろこへ何軒も家のない村があったと。薪(まき)を切って町へ売り出すとか漆取りをするとか、そんな仕事をしている村だったと。
ここへ親達に死に別れて、二人で漆取りをして暮らしを立てていた兄弟がいたと。毎日毎日山をかき分けては、漆の木を見つけて、鎌(かま)で傷(きず)つけて、たらたらと流れる漆を少しずつとっては、溜(た)まると町へ売りに行くのだったと。そうしておこめや味噌(みそ)を買ってきてそれでも楽しく暮らしていたと。
ある時、歩き歩きしているうちに道に迷って、兄の方が今まで見たこともない山あいの池みていなどこへ出てしまったと。
「はてここはどこだろう。山はまあ明るいこっだ。よく考えて見れば分る」
そう思うて、
「まあ鎌でも研(と)いで」
と思って、池の縁(ふち)に腰(こし)を下ろして鎌を研いでいたと。ほうしると、手が滑(すべ)って鎌が池の中へちゃぽんと落ちてしまったと。
「さあ大変だ。あの特別な鎌なくしてしまったら、仕事が出来ない」
そう思って下を見たら水が澄(す)んで鎌が見えたんだんが、飛び込んで拾(ひろ)ってこうと思ってざぶんと飛び込んだと。ほうしたら鎌にべっとりくっついたがんは、べとでない、まぎれもない漆だったと。見たら上の崖(がけ)っぷちにでっかい漆の木がたくさんあったと。
「ああ、これは何百年もの漆の木が傷つく度に流れ出して、いたんだ」
と思って入れ物もって、ざぶんと飛び込んで、手ですくってみたら、見たことのないような良い漆だったと。兄は喜んでほくほくしながらいつもより倍もとって、まあ、元の山に上がって、道の方角を見定(みさだ)めて、どんどんどんどんと帰ったと。その内に弟も帰ってきて、二人で取ってきた漆を見せあったら、兄が品の良い漆を、しかもたくさんだったんだんが、次ぐの日町へ持っていって売ってこようと相談が決まったと。
町の漆を買う店に持っていったら
「ほっげないい漆は見たことがない」
といわれて兄は、嬉(うれ)しくて嬉しくてどうしようもない。
「はいはい、また同じ品を取ってきます」
と約束したと。それを聞いていた弟が
「そんげないい木を知っていたら、おれにも教(おし)えてくれや」
というたと。だろも兄はしっちゃ、むっちゃ(ああだ、こうだ)というて教えなかったと。仲良く教えればなんのことねえがんに、それからは兄の方は一時(いっとき)いっちゃ、どうろの漆を取ってくる、弟がいっくら聞いても教えてくれねんだんが、弟は腹(よら)を立ててあるどき、兄の後をそーっと隠(カく)れてついていったと。ほうしたら、いままで行ったこともねえ所ででっかい川のような池のような所へ出たと。そこへ着(つ)くと、兄はざぶんと水の中へ飛び込むと。一時に一袋も取って上がってきたと。
「ああ、あすこらなあ」
と弟は見てしまうたと。そこをみてしもうたら、いっくら聞いても教えない兄が憎(にく)くてしょうがない。まさか隠れて取りに行くわけにもゆかず、どうしてくれようと考えたと。その末(すえ)にいい考えが浮(う)かんだ。弟はさっそく町の彫物師(ほりものし)のどこへいって、あるったけおっかねえ顔の龍(りゅう)を彫(ほ)ってもらいたいと頼んだと。承知(しょうち)した彫物師が思い通りのおっかない龍彫って下されたと。弟はそれを兄の留守(るす)に池へ持っていって山の池に沈(しず)めたと。龍は水の中で真っ赤な口を開けて体をくねくねと揺らして見えて、まさに本物そっくりだったと。さて、用事から帰った兄は、
「いっとき行けば、どうろ漆が取れるんだすけ」
と思って、池へ行くと、龍が真っ赤な口を開けて今にも飛びかからんばかりなのにびっくりして
「わあっ」
と叫んで腰を抜かしたと。兄は真(ま)っ青(さお)になって、転がるようにしてやっと家に帰ったと。
それを見た弟は
「ああ、いい気味(きみ)だ。これで漆はおれ一人の物だ」
と手を打って喜んだと。そうして、つぐの朝が、寝込(ねこ)んでいる兄をおいて一人で池へ跳んでいってみたと。着くなり、何も見ずにざぶんと飛び込んだと。ほうしたら真っ赤な口を開(あ)けた龍が今にも一呑(ひとの)みしようと弟の方へやって来る。漆どころか飛び上がったと。ほうしたろも、気を沈めて、
「ばかな、飲(の)まれるわけはない。おれが作ってもらった木の龍じゃないか。
おれもどうかしていた」
と思い直して、またざぶんと飛び込んでみた。ほうしたら、龍はほんとに生きたもんだった。真っ赤な大口を開けて、牙(きば)を噛(か)み鳴らして弟を今にも一呑みと近づいてきた。木の彫り物だと思っていた龍は本物だったと。漆どころか真っ青になって家に跳び帰ったと。恐(おそ)ろしさで弟も寝込んでしまったと。それから漆をとる事も出来ず欲をかいたばっかりにかわいそうな兄弟になってしまったと。人とは仲良くしなくちゃいけないね。いきがすぽんとさけた。
■「越後の昔話 名人選」CD(全11枚)の頒布について■ |
|
越後の昔話名人選CD |
平成6年以来「語りつくし越後の昔話」と題して、瞽女唄ネットワークは新潟県下各地にお住いの名人級の語り手による昔話を聞く会を開催してきましたが、その録音テープを元に再編集したCDを販売しております。 優れた語り手による昔話は聞いて楽しいばかりでなく、民俗学的にも貴重な資料となっております。活字でしか接することが難しくなってきた昔話を、語り伝えられた土地の言葉でたっぷりとご堪能ください。 越後の昔話名人選CDの内容・お申込み方法は、こちらから |
この越後の昔話に関するご感想や類似した昔話をご記憶の方は、「お力添えのメール」で是非お聞かせください。