昔、昔、山野田(やまんた)の村の衆(しょ)は馬をいっぺい(たくさん)飼うていたと。その馬がときどきがんくらおち(崖から落ちる)したり病気んなったりして死んだと。ほうしっと村ん衆は晩がたんなるがん待ってて、馬の死んだがん、天神山のてっぺんまでひきずっていって、高いがけから下の沢ヘズドーンと、びちゃって(捨てて)くるがだったと。そうしっとその晩はどっからともなくおおかみが馬の肉を食いに方々から集まってきたと。ウォーンとほえるおおかみの声が山中へひびいて、なじょんかおっかなかったと。村の衆は
「おっかない、おっかない」
というて、その晩は誰も外へ出るがんはいなかったと。
さて話はかわって昔は、大沢(おおさわ)や山野田の衆が東京へいぐ時にゃ、榎峠から千手(せんじゅ)、治郎(じろう)が峰(みね)峠を通って行ったんだと。背中へ荷物一ぺい積んだ馬をひいていぐんだんがたいそうなんぎらったと。それを見かねてあるろこの婆(ば)さまが、榎峠へ茶店(ちゃみせ)を出して旅の人にお茶を飲ましたり、休ましたりしたと。ある晩、婆さまが夕飯おやして
「さて、へえ寝ようかな」
と思うていると、トントン、トントンと戸をたたく音がしたと。婆さまが戸をあけて見ると見たこともねい男が一人立っていて、
「おれあ、ここまで来たろも、日は暮(く)れるし、腹(はら)あへってなんぎいし、とても峠越されそうげもねいすけ、一晩泊めてくんねか」
と頼(たの)んだと。婆さまは気の毒らと思うて
「なっじょも、なつじょも、さあはいらっしゃい」
というて中へ連れこんで夕飯こしょうてたべさしたと。さまざまの話をしているうちに夜もふけたんなんが
「さあ寝ようぜ」
というて床とって寝たと。
そのうちに婆さま昼のつかれでぐっすりねってしもうたと、ほうしってさっきの男がたちまちおっかねいおおかみになってごうぎな牙(きば)をむき出したかと思うと婆さまにガブッと噛みついたと。婆さまはたまげて
「助けてくれーっ」
と大声だしたろもなんしろ峠の一軒家(いっけんや)らなんが、だれも助けるもんもいねんだんが、とうとうおおかみに食われて死んでしもうたと。
つぎの朝げになると人食いおおかみはちゃんと婆さまに化けて峠通る人にお茶飲ましていたと。村の衆は
「どうもきんなまでの婆さまと今日の婆さまはちごうようらぞ」
そういってこそこそ話していたと。
「もし何かが化けているがだけや、かもうんでおかんねぜ」
「そうらの、そらあいっこう退治(たいじ)しなけやならんの」
そういって話しおうたと。
それからだいぶたったある夜の気(け)のいい晩に大沢の衆らろう(人たちだろう)、物好きの若い衆が
「おれが退治してくっだ」
そういうて榎峠へ出かけて行ったと。峠の茶屋へついた若い衆は、こっそりと煙出(けぶだ)しの穴から中のぞいて見たと。へえ夕飯が終えたやら婆さまあ向こうむいて茶わん洗いしていたと。よーく見ると、そのけつからシッポがちょこん、ちょこんと出るがだと。
「ハハーン、こらあおおかみらな。おれが正体(しょうたい)つかんだぞ」
思いながら、じーと穴からのぞいていたと。
そのうちに寝るろうと思うてたら、婆さまあ、そばへあった長持(ながも)ちのふたをとって、ヒョイととびこんだと。若い衆は
「よしよし、こらあいいろこへとびこんだぞ」
そう思うて、婆さまが寝入るがん待っていたと。そのうちに長持ん中からグーグーといびきが聞こえてきたと。よーしきたてがっで若い衆は中へ入って長持ちの鍵(かぎ)をガチャンとかけたと。よしよしうまくいったと思うて、こっだ釜ん中へ湯をどんどんわかしたと。それからキリで長持ちのふたに「キリ、キリ」と穴をあけたと。ほうして中の婆さまあ
「きょうあ、夜の気がいいんだすけ、キリキリ虫がなきゃらる」
そういうたと。若い衆がもう一つ穴をキリキリとあけると、また婆さまあ
「きょうあ、夜の気がいいんだすけ、キリキリ虫がなきゃら」
そう言うたと。若い衆はおかしくておかしくてどうしようもねいろも、よーしと我慢(がまん)していたと。そのうちに湯がグヮラグヮラと煮立ってきたんだんが、その湯をさっきなあけた穴ん中へつぎこんだと。ほうしっと中の婆さまあ
「あったけんだすけ、ねずみが、あっつい小便こきゃら」
そう言うたと、また次の穴へどんどんつぎこんだと。婆さまあ
「あったけんだすけ、ねずみがあっつい小便こきゃら」
また言うたと。そうしているうちに、どんどんどんどん熱い湯をかけるんだんが、とうとう長持ん中あ煮湯(にえゆ)でいっぺいんなったと。婆さまあ
「ヒャー助けてくれー」
ともがいたうも鍵あかかっているし、出ることあならんで、とうとう長持ん中で死んでしもうたと。若い衆はおおかみを退冶して大手柄(おおてがら)たてたんなんが村へ帰ってその話、えんな(みんな)に聞かしたと。それからてんなあ、峠へおおかみが出ねようになったと。いきが、スボーンとさけた。
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