むかしあるろこへまつきちという百姓(ひゃくしょう)があったてや。ある秋の天気のいい日に馬を連れて山へ大根取(だいこんと)りへ行ったてや。その年あなじょんか(大変)大根が良くできて、いい大根がいっぺい(たくさん)取れたてや。晩方(ばんがた)になったんだんが、家へ帰ろと思うて馬に大根いっぺい積んで、ホイホイと引いて帰ってきたと。途中(とちゅう)なかまで来ると、なんだやら人の呼ばる声がしるてんがね。ドウドウと馬止めてじっと耳すましてみたうも何も聞こえねえ。
「耳のせいらろうかね」
そう思うて、またシーッと馬を急がして歩(あえ)び始めると、
「オーイ、まつきちー、待(ま)ていやー」
と確(たし)かに呼ばる声がしるてんがね。
「さあ、おおごった。今頃山奥(やまおく)で俺をよばるがんはやまんばに違(ちが)えねえ。あっげながんにつかめられようんなか、どうしようもねえ。早く家にいがんけやならん」
そう思うて馬のつな引っ張ってドンドンドンドン歩(あえ)んだてや。だあろうもやまんばてや風に乗ってぼっかけて来るがだと。
「オーイ、まつきちー待て」
そういう呼ばる声がだんだん近くなって来るてんがの。まつきちあ待ってなんかいられるんじゃねえ。知らんふりしてドンドンドンドン歩んだと。だあろも風に乗って追いかけて来るやまんばにはかなうわけがねえ。とうとう追いつかれてしもうたてんがの。まつきちと馬の前に空からドサッと下りたやまんばは、
「まつきちー。待ててがんに何して待たねえ」
と気びのわあるい声で言うがだと。まつきちあ、おっかなおっかなやまんばの面見ると、細い目がつり上がって、まっ赤な目が耳までさけて、しいろい、なあげい毛がバサーッと下がっておっかねい面(つら)らあったと。
「まあいいこてや。まつきちまあげな(うまそうな)大根らあね。一本くれ」
そう言うがだと。まつきちあおっかなくてどうしょうもねいんなんが、馬の背中から大根一本引き抜いて
「ハイとう」
とさっだしたと。ほうしっとやまんばは、その大根をちょこんとしったくって
「ごっつぉらねい、クシャクシャクシャ」
と食うて、
「もう一本くれ」
また一本さっだすと、ちょこんとしったくって、クシャクシャクシャと食うて、
「もう一本くれ」
と言うがだと。まつきちあ
「こらきりがねい」
と思うたんなんが、馬に積んだ大根いんな(みんな)おろして、
「これいんなやるぜい」
というと、やまんばは、ニターッと笑うて、
「おお、ごっつぉらねえ」
と言うたかと思うと、こんだ両手で大根たがいて、クシャクシャクシャと食いだしたてや。まつきちあ、さあ今のうちに逃げねけやならね。そう思うて馬にピョンと飛び乗ると、パッパカ、パッパカ、パッパカ、パッパカと馬跳(と)ばして逃げたてや。後へ残ったやまんばあ、山のようにあった大根をクシャクシャクシャとたちまち食いあげて、また風ん乗ってぼっかけたてんがのう。
「オーイ、まつきちー、待ていやー」
まつきちあ馬のけつバシンバシンとたたいてドンドンドンドン逃げたろも、やっぱりやまんばにはかなわない。またとうとう追いつかれてしもうたと。
「まつきちー、待ててがんに何して待たねい。まあいいこてや、さっきなごっつぉらったねい。まつきち、こんだその馬くれ」
そう言うがだと。まつきちあ大事な大事な馬らし、可愛(かわい)そうげれどうしょうもねいろも、断(ことわ)るわけにいがねんなんが、仕方なしに。
「ハイと」
と馬の手綱(たづな)をやまんばに渡したてや。
「おおごっつぉらねい。こらあままげだ。さて頭から先食おうか。それともけつから先食おうかな」
そういいながらまっかな、なあげぃへろ出して「ペランペラン」と馬を甜(な)め出したてんがの。さあこのうちに逃げねけや、こっだおれが食われる番だ。
まつきちあそう思うて死(し)ん物(もの)ぐるいで逃げたてや。
ハアハア息切(いきき)らして逃げているうちに、どっかで道を間違(まちご)うたげで、いっくら行っても村へ出ねえてんがね。そっでもドンドンドン行ぐと、森のかげに一軒の家があったてや。
「こらいいかった。ここへかくしてもらおう」
そう思うてトントンと戸を叩(たた)いたろも、誰もいねいてんがね。戸を押したらギーッと開いたんなんが、
「後からあいまれや(謝(あやま)れば)いよ、とにかく中へ入れてもらう」
と思うて中へ入ったてや。ほうしてどこへかくれようかとキョロキョロ見まわすとはしご段があったんなんが、トントントントンと二階へ上って見たら、押入れがあったと。
「こらあいいかった、こん中へかくれよう」
そうして押入れん中へ隠れてジッと息殺(いきころ)していたてや。
ちっとめると、外へバタバタと人の足音がしるてんがね。
「あ、ここの家の人が帰って来たげら。出て行ってあいまらんけやならねえ」
と押入の戸を開けようとしたら、ギーッと戸を開けて入ってきたその人が
「ああああ、今日はいい日らったなあ。大根ぁいっぺい食ったし、馬もさっざ食うたし、だあろもあのまつきち逃がしてもったいなかったなあ」
そう言う声がしるてんがねい。
「あっきゃあ、とんでもねい、こらやまんばの家らった。さあおおごっだ。どうか神様仏様助けてくらさい」
手を合わせながらブルブルふれていたと。
下じゃやまんばが、
「さて腹もくっちゃなったすけ寝ようかな。どこへ寝ようかな。二階やへ上って寝ようかな」
なんて言い出してんがね。
「さあおおごっだ。いよいよおれが食われる番だ、どうか神様仏様村の鎮守様(ちんじゅさま)助けてくらさい」
まつきちあ一心に祈ったてや。ほうしるとやまんばが、
「二階やへ上るがんめんどくさいすけ、釜ん中へ入って寝ようかな」
そう言う声がしたんなんが、まつきちは、
「ああよかった助かった」
と胸なぜおろしたてや。そのうちに下じゃ、ガタン、ゴトンと釜の蓋(ふた)をしる音がしたかと思うとやまんばが釜ん中へ入って寝たげら。ゴウ、ゴウと物すごいいびきがし始めたと。
「ああよかった、このきわに逃げよう」
まつきちはそうっと押入れの戸を開けて出て、はしごだんに一足下すと、ミシッと音がしたと。ほうしっとやまんばのごうぎないびきが、ピタンと止むがだと。あ、気がついたかな、そう思うてジーッと息殺していると、またゴウ、ゴウと大いびきが始まったんなんが、
「ああよかった」
と思うてまたそうっとはしご段に足を下すと「ミシッ」と音がしる。ほうしっといびきが、ピタンと止まる。ジーッと息殺していると、またゴウ、ゴウといびきが始まる。これをくり返してやっと下へおりて、
「やれやれよかった。さあ逃げよう」
と外へ出ようとしたうも、
「待てよ、このまんま逃げても、またいつかやまんばにつかめられる。おれの大事な大事な馬まで食われてしもうた。こらあ一つ仇討(かたきう)ちしてくれる」
そう思いなおして外を見たら、でっけい石があったんなんが、その石を、ドッコイショ、ドッコイショと持って来て、やまんばが寝ている釜の蓋の上に、そうっと置いた。そうして火焚(ひた)きじる(柴(しば)や薪(まき)を置く所)からボヨ(柴)持って来て釜の下からドンドン燃やしたてや。釜ん中でやまんば、
「雨が降るやらなんだやら、いい気持ちらなあ、ゴウ、ゴウ」
寝言(ねごと)ゆいながら、いいぐあいに寝てるてんがね。まつきちあ、ボヨの次にコロ(薪)を持って来てドンドンドンドン燃やしたてや。
そのうちに釜ん中があっつくなってきたんなんが、
「アチチ、アチチ、こっじゃならん、こっじゃならん」
と中のやまんばあ大騒ぎして出ようとしたうも、蓋の上にはでっけい石がドーンとのしてあるんなんが、出ることができねい。とうとうやまんばは釜ん中で焼け死んでしもうたてや。これでいきがスポーンとさけた。
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