本文へスキップ

越後長岡 語りの世界 第一部 映像で振り返る「語りの世界」(報告)

講演筆録 data

制作の思い出を語る その3

鼎談:石永清さん・横山孝弘さん・鈴木昭英会長

「歴史を旅する」で越後瞽女さを取り上げ、瞽女ブームに火が付きました。


横山孝弘 鈴木 次に横山さんにお願いしますが、実はこの「ごめんなんしょ瞽女の旅路(前編)」という映画、前編が30分、後編も30分あって両方で1時間ものなんです。残念ながら時間の都合で前編だけの上映でしたが、後編の方は出雲崎から始まって長岡瞽女の門付け回り、途中なかに高田瞽女の一家の家の中の生活の様子を映した部分があって、そして最後にまた長岡瞽女の3人の門付けの姿が映されます。後編にも貴重なシーンがたくさんあるんですが、前編だけでもある程度ご理解いただけたかと思います。
それで、横山さんにお聞きしたいのは、BSN新潟放送がこれ以外にも、まだ続けて昭和44年頃から50何年にかけて、もう4本もの長編物を作っておられるんです。その5本についてディレクターを務めておられた横山さんの個性といいますか個人的嗜好というものがおそらく大きく働いているのではないかと私は勘ぐっておりますが、実際はいかがでしょうか。
横山 当時は自発的な企画というよりもTBSさんが私どものキーステーションでして、TBSさんがこういうのをやろうじゃないかというのがまず話のスタートになるんです。昭和40年代半ばといいますと、ちょうど司馬遼太郎さんの「歴史を紀行する」や宮本常一さんの民俗学がベストセラーズになって読まれておりました。お二人を呼んで何か企画でも考えようじゃないかということでお話をお聞きして、じゃ「歴史を紀行する」にあやかって「歴史を旅する」ということで全国放送でスタートしたんです。その女性シリーズで「盲目の旅芸人・越後瞽女さ」を取り上げ、TBS系で全国放送しました。民放ではこれがきっかけになって一種の瞽女ブームになりました。昭和48、49、50年の3年間あたりがピークでやりました。
で、高田瞽女さんはまだテレビがない頃のラジオでやったことがあるんです。「録音風物誌」という全国放送ラジオ番組です。テレビではこの歴史紀行ブームのこの年代に、私どもとしては初めて取材して撮影、放送しました。この時高田瞽女さんには斎藤真一さんという絵描きさんがべったりくっついていて、もう何年も前から先行してやってられました。これは斎藤真一さんならではの名文句だと思うんですけど、「瞽女は青空と闇をいつもいっしょに見つめている、そして瞽女はさらに常に大地を踏みしめている」と。
金子セキさんは去年亡くなりまして、これでもう完全に「旅する瞽女」の経験者はいませんね。後は晴眼の方の瞽女唄しか聞けないということになります。



お勧め瞽女の本
ご購入 Amazon.co.jp







自動表示の宣伝

瞽女唄ネットワーク事務局

〒940-2145
新潟県長岡市青葉台2丁目
14-10 鈴木宏政方
電話 0258-46-8054

【ツイッター(おがた)】
@goze_kuzunoha