「瞽女唄と文弥節で愉しむ山椒太夫の世界」報告
今回の催しは…
「山椒太夫」にテーマを絞り、瞽女唄、文弥人形による「山椒太夫」の世界を紹介します。
瞽女唄では「高田瞽女の節回し」とその詞を「長岡瞽女の節回し」で演唱し、比較を鑑賞します。
そして、文弥人形もあまり演じられないという「山椒太夫」を演じ、文弥人形、芝居を楽しもうという企画です。
日 時 平成29年8月6日(日)11時00分〜15時30分
会 場 新潟県立歴史博物館
主 催 新潟県立歴史博物館
出 演 越後瞽女唄・葛の葉会/真明座(佐渡市真野)
演 目 ・ 解 説 | 出 演 者 |
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瞽女唄解説 鈴木昭英(瞽女唄ネットワーク会長) |
解説:鈴木昭英 瞽女唄解説 を聴く 9分54秒 mp3(9.07MB) |
門付け唄「岩室」 長岡瞽女(ごぜ)が中越地方を門付けするときに歌った専用の唄。三味線の弦(げん)をゆるめ、ジャンコジャンコジャンコと、低音で早めにして歌う。文句は、男女相愛の情を七七七五の口語文で表わす都々逸(どどいつ)風のもの。文句の中にイヨという合いの手が入るのでイヨ節という人もいた。門付瞽女を最後までつとめた金子セキ・中静ミサオさんは、民謡をこの曲節に合わせて門付けに歌うこともあった。 |
唄:横川恵子・金川真美子 岩室 を聴く 1分13秒 mp3(1.12MB) |
祭文松坂 山椒太夫 船別れの段 一、二段 「山椒太夫」は説経節の名曲で、五説経の一つに教えられる。丹後国由良の強欲非道の長者の没落談を語り歩いた散所(さんじょ)の賎民遊芸の太夫の名が、いつしか物語の人物名になったのだろうとされる。操浄瑠璃・歌舞伎などでもたびたび上演された。 永保元年(1081)、陸奥の領主岩城判官正氏は、部下の陰謀があって帝の勘気(かんき)に触れ、筑紫に流された。内儀は、子供の姉安寿姫(あんじゅひめ)が16歳、弟厨子王丸(ずしおうまる)が13歳になったとき、下女姥たけも連れて夫の行方を尋ねて旅に出る。その途中、越後直江津で人買いの山岡太夫にだまされ、母と下女は佐渡の二郎が買い取り、姉弟二人は丹後の宮崎が買い取り、由良の長者山椒太夫に売り渡す手はずとのこと。 直江津湊における内儀と下女姥たけの乗る船と二人の姉弟が乗る船が擢(かい)を漕ぎ出す別れ際の情景が、高田瞽女の間に「船別れの殻」として語られてきた。今回は杉本キクイ伝承の唄の歌詞により、前段を高田瞽女唄の節で金川真美子が、後段を長岡瞽女唄の節で横川恵子が歌う。船別れが先立ち、下女姥たけが大蛇となって海中に飛び込み、直江津湊に帰る山岡太夫を成敗するくだりがすさまじく、窮極の山場となる。 高田瞽女の「山椒太夫」が、その後どのような語りを用意していたか明らかでないが、説経節で一般的に語られる筋を大まかに述べておこう。山椒太夫に売られた姉弟の二人は奴婢(ぬひ)として酷使される。姉の安寿が弟の厨子王丸を逃げさせる。だが、自らは拷問(ごうもん)され、死んでしまう。厨子王丸が丹後を逃げ出て京へ上り、一家没落の真相を朝廷に訴え、父正氏の潔白を証明し、岩城家再興の念願を果たしたのだという。 |
唄:金川真美子 高田瞽女の節回しで 一の段 を聴く 17分13秒 mp3(15.7MB) 唄:横川恵子 長岡瞽女の節回しで 二の段 を聴く 22分33秒 mp3(20.6MB) |
発ち唄「伊勢音頭くずし」 伊勢音頭は、三重県伊勢地方で生まれた民謡の総称。宇治山田市の古市の盆踊り唄や川崎音頭、農村の祝儀唄が母胎といわれるが、古市の遊郭で歌われ、文化年間(1804−18)頃から有名になった。伊勢神宮に詣でた人たちのために神宮中心に歌われたものもあり、瞽女もよく歌った。旅の宿へ泊めてもらったお礼に「朝立ちの唄」として歌う瞽女が多くいた。 |
唄:横川恵子・金川真美子 伊勢音頭くずし を聴く 4分43秒 mp3(4.34MB) |
文弥人形解説 池田哲夫(新潟大学名誉教授) |
解説:池田哲夫 文弥人形解説 を聴く 12分15秒 mp3(11.2MB) |
文弥人形「山椒太夫 母子対面の段」 九州太宰府(だざいふ)に配流された奥州54郡の領主、岩城判官正氏の赦免(しゃめん)を求めて、安寿(あんじゅ)と厨子王(ずしおう)の幼い姉弟は、母と乳母ともども都へのぼる。越後国直江の浦にさしかかったとき、人買いにだまされて幼い姉弟は丹後国の山椒太夫に、母は佐渡ヶ島に売られた。 ある日、安寿は仲間の奴隷たちの助けをかりて厨子王を逃した。太夫は怒って安寿を拷問して殺してしまうのであるが、文弥人形浄瑠璃の正本では、息絶え絶えの安寿を乳母の倅(せがれ)・宮城の小八が助け、母が居るという佐渡ヶ島に連れてくる。 佐渡ヶ島に売られた母は、子供を慕うあまり、目を泣き腫(は)らして盲目となり、あわ畑で鳥を追っている。 「安寿恋しや厨子王見たや ほうやれ ほう」母の声が安寿に聞こえてきた。母上ではないかと立とうとしたが、身の痛みで足が立たず、ようやく這い寄った。母は又いつもの子等が自分をなぶると心得て、辺り構わず杖で打つと、安寿の急所に当たり息絶える。 小八と母が安寿の墓所を求めてさまよい歩くところに、馬に乗った厨子王があらわれる。安寿の死を聞き、嘆き悲しむ厨子王が、母の額に守り本尊(地蔵)をあてると、母の目が開いた。めでたし めでたし ありがたや ありがたやと悦び勇んで、母を伴ない都へ上がった。 |
太夫:久保宗香 母子対面の段 を聴く 55分31秒 mp3(50.8MB) |