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東京都在住で日本民話の会会員、望月新三郎さんの昔話についての随想です。

小国の昔話 第一部/語り継ぐ data


民話の探訪、そして語りつぐこと

望月 新三郎

伊豆七島のひとつ、大島の泉津に日忌(ひいみ)様という哀愁をおびた伝説がある。要約すると―昔、大島に大噴火が起こって、村人が苦しんでいる時、大変な悪代官がいた。若者たちが二十五人で、たまりかねて村を救う道は無いものかと智恵を出し相談をし合ったが、結論は、この代官を殺すしか方法がないと決まり、一月二十四日の夜、若者たちは、代官の命を奪った。しかし、罪を犯した上は、島におれぬと、一行は丸木舟を作って、海に逃げた。
さて、利島(としま)、新島、神津(こうず)島と、舟を寄せては、かくまって欲しいと懇請したが、どの島も応じてくれなかった。一行は疲れ果て、とうとう舟と共に海に沈んでしまった。
それから、忌日の一月二十四日の夜になると丸木舟に、五色の旗を立てて、泉津の前浜にやってきて、「浮かばれない」という声がするという。
こうして、村人は、この日、神前に二十五個の餅を供え、戸外に灯火が漏れないようにする他、戸口にトノベラという木の枝や、目かごを掛け、戸締りを厳重にし、物音をたてずに、息をころして、赤ん坊を泣かせてはいけないというほど、家中物忌みして、一夜を過すのだという。
私は、この伝説を、二十代のときに、大島を訪ねて聞いた。
野増馬鹿だよ 御山(三原山)を捨てて 海の代価をあてにするという、野増村に対する非難のうたも、伝わっている。このうたに秘められているものは、山の民、海の民との権力側の差別と、村人の悲しい葛藤であるといえよう。
また、戸口にトラベラをさしたり、目かごを掛けたりする風習は、鬼や、山んば、疾病などを避け、忌みする習俗と、民話の中にも語りつがれている幾つかの伝承の部分と相通じるところに思える。
十数年たって、私はこの伝説を『東京の民話』(一声社)の中で再話をしたわけであるが、いまも忘れがたい青春期の採訪の一歩であったと思っている。
利賀村入口民話の採訪といえば、富山県の利賀村もとても印象的であった。
私がいま属している日本民話の会が、まだ民話の研究会と呼ばれていた十六年前(一九七四)の旧正月、私は、利賀村に研究会の一員として採訪につれていってもらい、雪国にふれ、村の語りも聞いた。
川崎大治氏がお元気の頃で、松谷みよ子、吉沢和夫氏らも一緒の旅であった。
四メートル近くあっただろうか、雪の壁の村道を小さな村営バスにゆられて、利賀村に着いて、すぐであった。お寺の鐘と村役場のサイレンが一緒に鳴り響いたのである。
時計の針は午後五時を指していたので、村の時報であったのだろう。
バスを降り、うっかりすると、体半分まで深い雪に埋まりながら、手を取り合って、大きな民家に辿り着いて間もなく、村役場の村長代理という白髪まじりの年配の男の人が、日本酒を二本かかえてやってきた。
そして、私たち一行に向かって、頭を深々とさげ、村長が用事で迎えることが出来ないことをのべてから、
「どうぞ、この村を有名にして下さい」と挨拶をされた。私はこの時、単なる外交儀礼とは違った、山深い雪国のムラのおかれた切実な現実を知らされた想いで、胸がいっぱいになった。過疎化していくムラのこうした「村おこし」の願いは、やがて、合掌造りの民家を移築したり、早稲田小劇場を誘致して、国際的にも知られていくことになるわけである。
この時の民話の採訪で、もうひとつ印象に残ったことは、どこの家を訪ねても、昼間から、大きな岩魚(約三十センチほど)を焼いて、九谷焼の大皿に、燗酒を並々とついだ骨酒を飲ましてくれたことであった。小正月であったことでもあったのか、ムラ人の、他者(よそもの)に対する歓迎とも受けとれた。
また、ある家では、古老がしみじみと、
「ミヤコの人に、わしらのつまらん話をしても……」と何とも申し訳なさそうに前口上をしてから「くも女房」などのむかし話をしてくれたことを忘れられない。
あれから、十数年の歳月が流れたわけであるが、岩手県の遠野もよく訪ねたムラのひとつである。遠野では、民俗学的にも博識の高い、よき教育者、人柄の持主で、語り手の福田八郎さんとの出合いと、峠の厳しさを知ったことである。遠野の冬そして、笛吹き峠を足で歩いて、この目で見て、私は頭をなぐられた程の強い衝撃を受けた。
私はこのときの想いを『遠野の手帖』(日本民話の会編集発売国土社)の―「遠野の里」によせて―と題してこう書いた。
その一部を引用してみよう。

さて、私たちは、この六角牛山の頂上をおがむ少し前に、今度の旅の目的の一つでもあった笛吹峠に到着していた。
私は、車から降りて、笛吹峠の小高い山腹に蠢めくように、より添ったから松の林をみて、ある種の戦慄をおぼえ、カメラを持つ手が震えた。
これらのから松の林は、北側に面した枝々を、まるで、巨大な斧でもって、ばっさりと、削ぎ下された如く、ことごとく無く、反対の南側の枝はといえば、よくぞへし曲げられたという形で、喘ぐように、空に向け、突き出ていたからだった。
私たちは、少し歩いて、峠の上から、南斜面を見おろしたとき、何とも奇怪とおもえたから松の林の謎が解けた想いで、胸が高なったのである。
南斜面のはるかむこうは、別世界そのもので、峠一つを境にして、かくも異なるものかを示すが如く、雪一つないなだらかな丘と緑の異郷・釜石市があったからだった。
この笛吹き峠には、旅の僧が凍死してから笛の音がする伝説や、笛の上手な男の子が継母にいじめられて死んでからヒューヒューと笛の音が聞こえるという話(遠野物語拾遣・第二話)があるが、峠とは、かくも厳しいところなのかと、足で歩き、体験してみることによって峠にまつわる民話を実感として、己れの肌にしみじみと感じとることを知った。
民話の三大妖怪といえば、鬼、天狗、河童といわれているが、私は千葉県の神野寺の近くの沢田りんさんから、天狗を見たという話を聞いた。また、水谷章三氏と遠野の猿ケ石川で、河童を見た人に出合ったのである。このときのことを『現代民話考 T』松谷みよ子 河童・天狗・神かくし(立風書房)に報告しているので、そのまま引用をする。

岩手県遠野市附馬牛。もやっとした日の十時頃、トロッコの軌道歩いていったところ、二匹でじゃれるような恰好して、軌道のすすきの陰から来るんだね。きびわるいから、石をつかんで投げたら川さ飛び込んでしまった。口のところは黒くとんがって、七、八センチの尾があったな。頭の皿はよく見る間がなかったも。耳は犬のように立ってもさがってもいないで、ただ変わったもんだったな。毛の色は赤かったな。
話者・伊藤巳之助。回答者・水谷章三、望月新三郎(東京都在住)。
○岩手県遠野市附馬牛犬淵。あれは田んぼの稲束ね、かついでるときなもんで、川の方さから、ケケケって音あったもんで行ってみたら、スピッツのような大きさで、後さ向いて頭の毛がぱあっとして、体の毛は水にぬれて、さらっとしてきれいなんだあ。色はえび茶のような色だった。
話者・伊藤キヨ。回答者・同上。

河童ちゃん赤毛の河童ということは、遠野物語と一致していて、なかなかリアリティがあるといえよう。
私は、こうして、歩いて、見て、聞いていくうちに、再話をして絵本や、紙芝居にしてきたわけだが、再話したものは、自分で語っていこうと心に決めて、語りはじめた。そして、いつしか、そう気がついたら「語りべ」などといわれるようになっていた。
確かに、語りの話数も増えてきた。話数だけでなく、戦争などを含めて、体験してきた話や、近頃では語ってみたいと思う文学作品にまで広がっていた。
こうした作品も朗読としてではなく、なるべく生の語りに近づけて語るようにしている。
今年の三月も東京の板橋文化会館の小ホールで、琴、尺八の演奏付きで、"ふるさと むかしむかし"と銘うって何と三時間にわたって語った。
この舞台の語りで、十数話の民話と、松谷みよ子作『おいでおいで』を語ったわけであるが、改めて、松谷みよ子は詩人であり、文体が語り調であることを再確認をした。
文学作品を語る場合、この「文体」はきわめて大切な視点となる。作品が文学的であっても、文体、つまり、文学による裏現が語りにくい場合と、語り易い場合とでは、大ちがいである。これは、民話の再話された作品を語る場合にも、共通していえることであろう。
私事になるが、私も絵本など、再話をする場合、何度も語ってみて、語りながら、文章化していくことにしている。
絵本『ねずみにわとりねこいたち』(ポプラ社)が学校などで朗読のテキストに使われていることを、ある教師が教えてくれたが、二俣英五郎の親しみやすい絵と共に、ことばのリズム、語り易い文体が受けているのかも知れない。
さて、これからは、むかし話の素朴な語りの素晴らしさ、リズム、方言のよさを、どう語りと再話に活かしていくか、いつもフレッシュな気持ちで貫き通せるように、常に、自戒していきたいと思っている。

(もちづきしんざぶろう・日本民話の会会員。民話を語り、大型紙芝居を演ずる。東京都在住、一九三二年生れ)

利賀村の写真は、ブログ「縄文遺跡の上にある「富山県朝日村」お散歩日記」に掲載されていたものを転用させていただきました。ブログには、「ゆけどもゆけども、なかなかたどりつかない。(改行)と、やっと出てきました、利賀村の案内板。(改行)もうこれだけで、利賀村の人々を尊敬してしまいました。」と記されています。


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